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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)127号 判決

上告人

田崎五郎

右訴訟代理人

加藤美文

被上告人

藤井昇

被上告人

山田未正

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人加藤美文の上告理由について

原審の適法に確定したところによると、(1) 上告人は、昭和三七年以来、福岡県京都郡犀川町の町長及び犀川町森林組合(以下単に「森林組合」という。)の組合長理事の職にあつた、(2) 昭和四〇年九月、森林組合において主任の職員が欠けその後任を必要とする事情が生じたところから、上告人は、かねて町職員として採用されることを希望してその旨を上告人に申し出ていた訴外大谷勝亮をその後任に据えようとしたが、同人が、森林組合職員と町職員との給料の格差が大きいことなどを理由に森林組合職員として採用されることに難色を示したため、上告人は、森林組合に対する財政的援助とすることをも考慮して、同人を昭和四〇年一一月一日付で一応町職員として採用したうえ、同日付で森林組合への出向を命じた、(3) 同人は、同日以降昭和四八年四月三〇日までの間、町職員の身分を有しながら、町長の指揮監督を受けず、森林組合の事務所でその事務の統轄責任者として執務した、(4) 同人が右の期間に行つた事務は、専ら森林組合の事務であつて、その間に兼ねて町の事務を行つたことはない、(5) 上告人は、その間に同人に対し、町予算の林業総務費職員給与から総額七九六万一五五五円の給与を支払つた、というのである。

右事実関係によれば、上告人は、大谷を、森林組合の職員の一員として専ら森林組合においてその事務に従事させながら、その給与については、町がこれを負担することができるようにするため、同人を直接森林組合職員として採用せず、一たん町職員に任命したうえで森林組合に派遣するという措置をとつたことが明らかである。そして、森林組合は、地方公共団体の行政組織に属するものではなく、森林の所有者によつて組織された団体にほかならないものであつて、町長が、かかる森林組合に、町職員を、その身分を保有させたまま派遣し、町長の指揮監督を離れて、実際の執務上は、町職員としてではなく、専ら森林組合の職員としてその事務に従事させることは、法令又は条例に基づかない違法な措置というほかないところ、上告人は、右にみたように、大谷に対する給与を町が負担することができるようにするためにこのような違法な行為に出たものであるから、結局、同人に町予算から前記給与を支払つたことにより、上告人は、違法に犀川町の公金を支出したものといわなければならない。

論旨は、大谷が右の期間森林組合において従事した事務の一部は町の行政事務であると主張するが、仮に森林組合が行つていた事務の中に本来町の行政事務に属すべきものがあつたとしても、それは委託等によつて森林組合の事務に属することになつたものと解すべきであるから、本件給与の支払を違法な公金の支出にあたると解すべきことに変りはなく、また、仮に森林組合が町に代行してその行政事務を行つていてこれにより町がその分の費用の支出を免れたものとみることができるとしても、このような利益と大谷に対する給与の支払との間に直接の因果関係はないから、損益相殺の余地はなく、したがつて、論旨は、原判決の結論に影響しない点について原判決を非難するものにすぎないというべきである。

以上のとおりであるから、本件給与の支払を違法な公金の支出にあたるとして上告人にその内金一〇〇万円相当の損害賠償を命じた原審の判断は、結局正当であつて、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人加藤美文の上告理由

一、原判決は、法令の適用に誤りがある。

一審判決では訴外組合が代行したと称する行政事務(第一審判決別紙記載1〜23の事務)のほとんどが、犀川町の行政事務でなくて訴外組合の当然なすべき固有事務(森林組合第七九条にかかげる森林組合の行うべき事業)であると判断しているがこれは法令の適用の誤りである。

第一審判決の別紙記載の事務のうち、1、の林業構造改善事業の計画樹立参加と実施に対する指導は明らかに町の行政事務である。なんとなれば林業基本法第三条第一項二号には「林業経営の規模等により類型的に区分される経営形態の差異を考慮して、林地の集団化、機械化、小規模林業経営の規模の拡大、その他林地保有の合理化及び林業経営の近代化(以下「林業構造改善」と総称する)を図る」ことが国の施策としてうたわれている。そして同法第五条には、地方公共団体が国の施策に準じて施策を講ずるよう努めなければならないといつているからである。

この林業構造改善事業の事務量は、代行している行政事務(1〜23)の総量の三分の一以上であることは証人大谷勝亮同佐々木美奈子が、強く力説している。そうであれば、1〜23の事務がほとんど森林組合の固有事務とはいえないはずである。

1〜23の事務のうち、1以外明らかに行政事務といえるのは、4の森林病害虫の発生予察と防除指導及び現地調査(森林病害虫防除法第一二条)と7の山火事防止の普及活動(森林法第二一条)16、17の町有林の事務位であろう。

しかし右以外にも10の林業労働力流動化対策の指導援助と15過疎対策事業として林業労働力確保のための労務班の育成強化と援助は林業基本法第三条第一項五号六号・同法第五条で、地方公共団体に、林業行政の目標を指示している事からこれは行政事務といえる。

又11の森林所有者への間伐枝打等育林指導は林業基本法第三条第一項三号に該当するといえる。

では、残りの事務はすべて行政事務でないといえようか。一般に地方公共団体の広義の行政事務には、固有事務と委任事務と狭義の行政事務と機関委任事務とがあるといわれている。委任事務と機関委任事務は、明確に行政事務といえるが狭義の行政事務は範囲が広く、その限界は、明確でない。いわゆる随意事務であるからである。しかし林業基本法第二条には林業従事者の所得を増大してその経済的社会的地位の向上をはかる事が、林業の安定的な発展となり、それが国及び地方公共団体の林業行政の指標である事を明らかにしている。

そうであれば、森林組合の育成も行政事務といえる。だから森林組合の固有事務も、同時に町の狭義の行政事務といえるはずである。

以上みてくると第一審判決の別紙記載の事務はすべて狭義の行政事務とみてよい。

森林組合をもたない地方公共団体は、林業基本法の精神からみて、恐らく森林組合のいわゆる固有事務を遂行せざるを得ないはずである。証人中園郷八郎の証言の中にも右の事実を裏書きしている。

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